ジョージ・オーウェル『動物農場』は、権力の腐敗を描いた寓話である。名作であるが故、物語の隅々まですでに考察されており、「正しい解釈」的なものができている。ただ、この物語について友達と話しているうちに少し違和感を抱いたのでここに書こうと思う。

この物語において、私の一番好きな登場人物(動物?)はロバのベンジャミンである。序盤から革命の熱情的な雰囲気に飲み込まれず、一人一歩距離をおいて農場を傍観している唯一の人物だからだ。彼の
「だって何も面白いものなんてないじゃないか」という台詞は、彼の気難しく、悲観的な人物像が伺え、明らかに他の動物たちとは違う雰囲気を創り出す。
「ベンジャミン」は、大衆的な解釈だと、高い知能を持つも独裁体制に対し声をあげない有識者の象徴であり、政治への無関与が招く危険性を暗示している。ただ、果たして本当にそうなのだろうか。
序盤でベンジャミンは、ジョーンズがいなくなって幸せかという質問に対し
「ろばっちゅうものは長生きするものだからねえ」という謎の返答を残している。これは(色々な考察でもある通り)彼が長寿だからこそ歴史は繰り返すということを知っている、ということなのであろう。
また、「風車があろうがなかろうが、人生は今までどおりさ、つまりひどいってことだが」という台詞は非常に厭世的であり、革命が起ころうが起こるまいが、環境が変わろうが変わるまいが、結局は権力は腐敗するという彼の達観した態度が現れている。
ベンジャミンが批判される点としては、七誡が書き換えられる中、読んでくれと頼むクローバーを断ったり、ある夜ペンキとスクウィーラーが七誡の書かれている壁の前で見つかった時、唯一それが豚たちが七誡を書き換えている証拠であると気づいていても、発言しないところにある。(「しかしベンジャミンだけは、すべてを了解しているようだった。でも、何もいいはしなかった」)明らかに、彼はナポレオンらの裏工作を知っていながらも、それを暴こうとはしない。このことから、ベンジャミンはみすみすと独裁政治を許す(ソビエトの)有識者への批判と捉えられている。
物語の終盤で、ボクサーが廃馬処理に引き取られるときに、始めてベンジャミンは声を上げる。だが、彼の言葉は虚しく響くのみであり、彼の「馬鹿もの!間抜け!」という台詞は彼自身への批判として反響しているようにも感じる。
だが、重要なのは、その悲惨な出来事のすぐ後、動物たちはベンジャミンの発言を忘れているということである。動物たちはスクウィーラーの言葉に乗せられ、ボクサーは病院で静かに息を引き取ったのだと安易に信じる。この展開こそ、ベンジャミンが発言しても、しなくても状況は変わらなかったことの裏付けであると思う。ベンジャミンは自己中心的な人物でも、ただ無関心で皮肉な人物でもなく、農場が堕落する運命を知っていたからこそ、発言に必要性を感じなかったのではないか。結局、彼の序盤の台詞(「人生は今までどおりさ…」)は真実となる。
ジョージ・オーウェルは生前に『動物農場』でナポレオンはスターリンを、スノーボウルはトロツキーを示していることを明らかにしている。だが、他の人物については曖昧である。このため、ベンジャミンを通して「知性がありながら不義に立ち向かわないことは、悪に加担することと同じである」として結論づけるのは少しずれている気がする。
アメリカのソーシャルニュースサイトRedditで面白いコメントを読んだ。「ベンジャミンはもしかしたら前に同じような出来事(革命から権力が腐敗していく様子)を体験しているのではないか」というものだ。それだと、彼の「ろばっちゅうものは長生きするものだからねえ」という台詞に合点がいく。もしかしたらその時ベンジャミンは行動をとっていて、抗ってもなにも変わらない腐敗に絶望したのかもしれない。この考察はもちろんただの想像でしかないし、そんなこといったら何でも言えるといわれればそこまでなのだが、、、